みぐるみん

身ぐるみ脱ぎすて身ひとつ暮らし

読書中毒だった頃

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2008年から2018年の10年間、私は明らかに読書中毒だった。

中毒に至るまでを含めると、約20年間読書が趣味だった。

年間100冊程度だったが、自然に身についた中途半端な斜め読みのせいで

シンプルな実用書なら通勤電車の往復40分で一冊読んでいた。

長編小説などじっくり味わいたいものは別として、ポイントだけ押さえる流し読みなら

年間300冊ぐらい読んでいたと思う。

 

 

生命の起源や生理学などの人体の神秘や東洋医学を深掘りしながら、

同時進行で、教科書に載っているような定番の古い小説や、自己啓発系のビジネス書籍や、

量子力学でもスピ系でも宗教学でも心理学でも、なんでもかんでも浅く広く読み漁っていた。

全く無関係な分野でも、ほんの一行ハッとする部分で点と点がつながることがある。

正解のない正解を求めて彷徨っているうちに、腑に落ちる瞬間というのがあるのだ。

それは一般常識から外れている内容だったりもした。

自分にとって腑に落ちる納得という、独特の正解を発見することが楽しかった。

テレビが苦手で自宅にテレビを置かない生活をしていたことと、

まだ、今ほどインターネットが普及し尽くしていなかったため、

IT社会に出遅れた私にとって、唯一の定番娯楽というか逃げ場だった。

 

マンションから徒歩5分の区役所内に市立図書館があって、

徒歩2分のところに古本屋があった。

狙ったかのような好条件だが、それが甘い罠だった。

手元に読む本がないと落ち着かなくなった。まだ読んでいない本があるのに、

古本屋に行くとついつい興味をそそられる本を買ってしまう。

人が見向きもしないマニアックな本なら数十円で変えてしまうし、

そこにお宝があったりして、運命の出会いのようにどんどん勘違いしていく。

仕事の合間や寝る間も惜しんで読書しまくり、頭は常にフル回転。

情報過多で頭が完全にやられるまでそれは続いた。

 

中毒というか、依存症というのは他人事ではないのだと痛感した。

アルコールやタバコばかりが目立つなかで、自分だけは関係ないと思いたかった。

実際私は喫煙者だったが、1mgメンソールを1日10本ペース、

飲みに行ったら20本ぐらいのへなちょこスモーカーだった。

30年近い喫煙歴で一度も禁煙したことがないのに、

初めての禁煙で呆気なくやめたのが2年半ぐらい前だったと思う。

それ以降一度も吸っていない。というか、喫煙者だったことすら忘れていた。

タバコの依存など自分にとってはたいして重要ではなかった。

 

本当に怖かったのは、私の場合、読書中毒と甘いもの中毒だった。

幼少期から、家庭内で母親に対する祖母の陰湿な嫁いびりを見て育った私は、

見て見ぬ振りまたは本当に気づかない父親に対して憎悪の感情を押し殺していた。

もちろんそんなこと当時は分かりもしない。昭和のドラマでお約束の嫁姑バトルなど、

みんな我慢してるんだから的な空気に揉み消されていた。

そんななか、私は中学時代のほぼ半分を摂食障害と共に過ごした。

傍目にわかるような過食拒食ではなく、体重も目立つほど増減はなかったため、

母以外はたぶん誰も気づかなかったと思う。

日によって症状に波があったから、毎回というわけじゃない。

甘いパンやケーキを普段満足する量の倍ぐらい食べて、罪悪感に駆られたら吐く。

小学3年の頃はプチ不登校もやった。

今のように不登校というあり方を受け入れてくれる世論も場所もなく、

当時としては異例なことだったと思う。単発で地味な抵抗だった。

母は過剰反応せずおおらかに見守ってくれた。

心療内科やカウンセリングなどもなかった時代のこと。

 

実家を離れてからは完全に治っていた。

陰湿な空気を捨てて、新たな地で多くの友人たちとの出会いに癒された。

その間、母はひとりでその空気と闘ってくれていた。私だけ逃がしてくれて。

そのせいだとは断言しない。だが無関係とも言えない。

母の胸に深く浸潤した末期癌が、目に見えない陰湿なものを吸い取ってくれて

いたんじゃないかと思う。守ってくれてありがとう母ちゃん。

守れなくてごめん。私だけ逃がしてもらってごめん。

そんな罪悪感が、つい最近までしつこく心の奥底に沈んでいた。

実家に戻ってみて気づいた。中毒の根源がそこにあった。

自分の一番見たくないもの、目を背けて忘れてしまいたいことの中にあった。

本心に蓋をして、いい人のふりをして何事もなかったように暮らせばよかっただろうか?

こんな鬱になんてならないで、無理にでも近所に愛想よく振る舞っていたとしたら。

今ごろどうなっていただろう?

きっとまた、甘いもの中毒と読書中毒にやられていただろう。

 

この世には自分よりもっと悲惨な境遇にある人がたくさんいる。

でも、他者の事例と比較して強弱をつけられるようなものではないから、

この程度は軽くてこの程度なら重篤という物差しもおかしい。

病院にかかるほどじゃないからと、自分だけで抱え込んで苦しんでいる人の数は

想像を絶するものではないかと思う。息苦しい人は異常なんかじゃないと思う。

ああ、今日は明るいネタにならなかったな。しかもダラダラだ。反省。

 

大量の本は引越しに伴い、売ったり人にあげたりして数十冊ほど残して処分した。

パンのレシピ本とか、ほっこりする動物の写真集とか、

何故かお気に入りで何度も見てしまう、レアな東洋の「気」に関する古い本とか、

これも何故か「小屋入門」という雑誌とか、選択基準が自分でもわけわからん(笑)

先日、久々にその本を開いてみた。

もう既に老眼鏡なしでは全く見えない小さな本の文字を、

必死にピンチアウトする私がいた。

これってあるあるなんだろうな、きっと。