お日様ビームと匂いの記憶
今朝目覚めたら土砂降りの雨だった。
窓際ギリギリに洗濯物を部屋干しし、微々たるお日様ビームにさらす。
アレルギーのこともあって、化学薬品での抗菌除菌ができない代わりに
最大限活用できるのが「お日様ビーム」別名……『母ちゃんビーム』
このパワーはあなどれない。なんでもかんでも「日光消毒」が母の口癖だった。
風を通して日にさらすこと。おおらかに開け放ち循環させること。
これも陰陽のバランスか…隙間なくきっちりと詰め込んでしまい込み、動かさない父とは真逆だった。
母の家仕事は、まだ若く見栄えばかり気になる娘にとって印象が薄かった。
インテリアセンスとか気にしな〜い。花柄にチェック合わせても気にしな〜い。
父方家系の見栄張り世間体第一主義を半分刷り込まれていた私は、母から学ばず一人暮らしを始めた。
田舎娘にとって都会のマンション生活は新鮮でオシャレすぎた。
雑貨屋に通い詰めてインテリアを考えていじるのが趣味だった。
「住まう」こと「暮らす」こと。なぜか好きだった。通算8ヶ所での暮らしにはいろんな個性がある。
仕事や遊びの割合が大きい時期はアクセス重視の寝るだけワンルーム。
ちょっと仕事に疲れてきたら、JRの快速が止まる範囲の2DK。
完全に働き疲れ遊び疲れたら、市場や商店街に近いオーシャンビューの3LDK。
価値観の変化に合わせていろんな空間を楽しんだ。
マンション生活の最後は新築分譲だった。入居に際してはいろんなオプションの誘惑がある。
仕事で時間がない勢いで、つい深く考えないままつけたオプションもあった。
そこでいちばん痛感したのは全室UVカット加工窓ガラスの脅威!
当時はまだ32歳。もともと色は白いほうだったため肌が弱く、日焼けが気になって仕方ない。
もちろんまだ男性陣の目も気になるお年頃。異常なまでに窓の多い間取りだったが、
日焼けを気にしてせっかくの海一望を台無しにしたくなかった。カーテンで隠して暮らすなんてもったいない。
ところが恐るべしUVカット効果。
企業が価格に見合ったちゃんとしたサービスを提供してくれたことは素晴らしい。
ある一時期、何を血迷ったか医療職から一般の営業職に転職したことがあった。
フルコミッションではなく基本給を確保してくださる寛大な会社だったのだが、
いきなりナースの世界から飛び込んで右往左往。強制されたわけでもないのに頑張り方がわからなくて
月に2日ほどしか休まないほぼ終電みたいな生活を体験してしまった。
3交替の激務でピントがずれていたせいで外の世界はこんなものなんだなぁ…と思って続けていた。
しかし悲劇が起こる。陽当たりの悪い北側の部屋のカーテンにカビがぁぁ〜!
新築はコンクリートが乾ききっていないため最初の数年は湿気がこもりやすい。
カーテンは閉め切らずレースだけにして開けっ放しだったが、紫外線が効果的にカットされた室内では無意味なこと。
大半留守の空き部屋の悲劇を経て、その後は経年変化で次第にUVカット効果が薄れたのと、
仕事量を減らしたのと、お日様ビームをみくびっていたことを反省したことで暮らしが生き返った。
今暮らす実家は陽当たり良好。熱波対策は厳しいが、年間通して母ちゃんビームを取り込むには最適だ。
災害が頻発するご時世ゆえ、非常用ポータブル電源を購入していた。
縁側でソーラーパネル充電をしたとき、柔らかい光でも降り注いでいることが数値として見えた。
屋外の晴天直射日光でなくとも自然光を当てておく意味はある。
母管理下の雑多だった実家でカビ臭い匂いを嗅いだ記憶は一度もなかった。
センス悪かったけど、几帳面じゃなかったけど、母ちゃんビームが私たち家族の健康を守ってくれた。
私はかつて無菌室で勤務していたこともある。骨髄移植の現場では、
ほんのわずかなカビでも患者は重篤な肺炎などを引き起こし呆気なく命を落とす。
最新の科学技術をもって挑んでも、自然界の脅威の前では非力だった。幾度も絶望した。
その悔しさが染み込んでいて、カビに対してだけは今でも神経質になってしまう。
特殊な医療現場でない限り、神経質に過剰な消毒滅菌をしすぎると必ず耐性が生じる。
常在菌まで殺してしまうから、殺されまいと進化した強い常在菌がはびこって逆に不潔になったりとか…。
その説もごもっともだが、今のご時世ではなんとも言及し難い複雑な心境だ。
アレルギーとの兼ね合い、社会の常識との兼ね合い、いろんな事情を考慮する。
自分の身は自分で守らなくてはならない。
体質的にキツイ消毒に従えないぶんは自宅待機で自粛するしかない。
お日様ビームの力を借りながら、世間の迷惑にならないようひっそりと暮らす。
「お日様の匂いはダニの死骸のにおい」という説が流れていたが、別の説も発表されている。
私にとってあの匂いは、母ちゃんと外で飼っていた愛犬の匂いなのだ。
熱々の瓦屋根に広げて干した後の布団の匂い。
(今じゃバーベキューレベルで布団など干せない)
まだ酷暑じゃなかった時代に、年中直射日光浴びまくりの愛犬の毛の匂い。
有機化合物であるアルデヒドやケトンをはじめ、香辛料のカルダモンに含まれるペンタナール、柑橘系の香りの元になるオクタナール、バラのような香りのするノナナールなどが含まれていることがわかった。
(2020年・コペンハーゲン大学・Silvia Pugliese氏の研究より)
もちろん…私はこっちを信じる。
私たちの宇宙。私たちの太陽系。私たちの地球。
お日様ビームは惜しみなく忖度抜きで私たちに降り注いでくれる。
懲りずに忖度に溺れた愚かな人類を見捨てないで辛抱強く。
しかしそろそろ世界中が暮らし方を見直す時期にきている。
特に地震大国日本では定住という固定観念にしがみつかないほうがいい気もする。
お日様ビームをみくびってはいけない。甘えすぎてはいけない。
太陽コロナは100万〜300万℃の高温プラズマ。
私たちの腐敗したカビだらけの固定観念を焼き尽くしてくれるだろう。
今訪れている別の小さなコロナさん達と折り合いがつく日まで。