みぐるみん

身ぐるみ脱ぎ捨て自由に生きる。おひとり様引退ナースが人生でやり残したことをやるために創った空間です。

『指の山田さんとの想い出』ノンフィクション物語②

こんにちは。mimikobitoです。

プロローグ

心臓について毎日勉強しています。

今日はインプットだけに集中して、

アウトプットはお休みしようと思っていました。

ブログの連日投稿は最近意識していないので。

今日は「心臓の記憶」の文献を読んでいました。

小説や映画でも既に登場しているもので、

移植した心臓の記憶が…みたいな展開の、

ファンタジー系の情報は溢れかえっています。

そこにつながるスピリチュアル系の文書は、

ブログだけでも相当あり、興味津々楽しめました。

実際、心臓には脳細胞と同じ細胞が存在し、

モリー機能を持つことが実証されているという、

循環器の医師がまとめた記事も読んでいます。

心臓だけでなく、細胞ひとつひとつのDNAにさえ

記憶や知性のようなものがあるのでは?

そんな声も一部であがっていると知りました。

そこでふと思い出したのです。

救急外来ナース時代のちょっとした出来事。

なぜか時々わけもなく思い出していた情景を。

わたししか知らない物語です。

 

⚠️血をみると気分が悪くなるとか、

医療現場に残酷で怖いイメージを持つ方は、

描写に不快を覚える可能性があります。

残酷と感じられるかもしれませんので、

苦手な方はお読みにならないようお願いいたします。

 

『指の山田さんとの想い出』

もう病棟では消灯時間を過ぎた頃だった。

消灯とは無縁の救急外来では、

このぐらいが一番忙しかったりする。

私は真っ暗な外来の待合室で「一人」、

レントゲン撮影のオーダー用紙を手に

誰もいない待合のソファーに腰掛けた。

戦場と化している救急外来から束の間離れ、

ほんの数十秒でも座れるという

ささやかな安らぎがあった。

「一人」というのには違和感がある。

私はソファーの上にそっと置いた

冷たい小さなビニール袋に目をやった。

そこには「指の山田さん(仮名)」がいて、

厳密に言うと「私たち」であり、

私は「二人」で待合室にいるわけだ。

「もう少し待ってくださいね」

「苦しいのにごめんなさいね、急ぎますからね」

私は、心の中でそう話しかける。

「指の山田さん」に伝わると信じて。

 

「指の山田さん」の本体である

山田さん(仮名)は、救急外来にいる。

こういうケースはさほど珍しくなく、

新人ナースの私でさえ初めての経験ではない。

大半が仕事中の不慮の事故であり、

切断された指の再接着手術を行うため、

術前準備の検査が急ピッチで進められる。

切断した指の「断端撮影」というのが必須で、

再接着可能か、接着不可能で断端形成に終わるか、

判断に欠かせない大事な術前データーだった。

ポータブル撮影ができないケースは、

通常のレントゲン検査室に出向いて撮影する。

夜間なので当直のレントゲン技師さんとの連携だ。

 

「山田さん、山田〇〇さん。お待たせしました、どうぞ」

顔馴染みのレントゲン技師さんが、

レントゲン室から顔を出し小声でアナウンスする。

「はい」

「指の山田さん」の代わりに私は返事をする。

お互いにわかっていてもつい、

いつもの癖で同じ対応になってしまう。

一瞬、技師さんの顔が「は?」みたいになる。

なんでお前やねん。

山田さんちゃうやんか…的な顔になる。

ほんの1秒ほどだが、少し緊張が緩む。

そのツッこみたそうな表情を見ると、

ここは関西だなぁとつくづく思う。

「あ…ぁ…断端やった…そうやったな」

二重のナイロン袋で直接氷が触れないようにしてある

冷え切った「指の山田さん」をご案内する。

「お願いします」

腹話術のように声を少し変えてしまいそうになる。

実際はそんな不謹慎なことはやらないが、

あとで回想した時に思うことだ。

袋から慎重に取り出され

撮影台に乗せられる指の山田さんは、

ぐったりしていて青白くて孤独だった。

撮影はあっという間に終わる。

私は「指の山田さん」を大切に抱え、

山田さんの本体が横たわる救急外来へと急ぐ。

 

「指の山田さん」は、

本体と離れても「山田さん」なのだ。

私は「指の山田さん」と二人きりで過ごした待合室のことを

特殊な人生における希少な思い出として記憶に残している。

だが「指の山田さん」の方はどうなのだろう?

勤務を終えてボーッとコーヒーを飲みながら、

準夜勤帰りのタクシーの中から夜景を眺めながら、

いつもそんなことを考えていた。

「指の山田さん」は私との時間を覚えているだろうか?

緊急事態でそれどころじゃないわな。

わかっている。もちろんそんなことわかっている。

そういう問題ではない。

不思議とせつないような気持ちになった。

本体の山田さんはもちろん知らないはずだ。

山田さん(仮名)という個人の歴史上、

おそらく人生最大の危機的状況として

記憶される出来事になるに違いない。

そんな大事件のヒトコマに、

ふっと空白の時間が存在するわけだ。

本体の山田さんにとっては異次元みたいな空間で、

見知らぬナースと自分の指が、

想い出に残るひとときを過ごしたということ。

この記憶は山田さんの

どこにも刻まれないのだろうか?

そう思うとちょっと寂しくなる。

 

私は何にでも話しかける癖がある。

動植物でも雑貨でも何にでも。

「指の山田さん」にだって当然話しかけた。

「もうちょっと待ってよ。必ずくっつくから大丈夫」

ぐったりした「指の山田さん」は、

再接着手術に成功すればまた数時間後に

救急病棟の方で出会うことになる。

再接着後のケアは結構大変なのだ。

数十分おきにパンピングといって、

循環を良くするために指先を揉むのだ。

そしてまた定期的にピンクリップという

細い針で指先を刺して血を出し、

うっ血を予防する処置もある。

循環障害予防のため接続部はライト照射される。

古いデスクライトのような熱くなるライトだ。

タイマー片手に暗い病室のライトの元で、

人様の指を針で刺すという異様な光景がそこにある。

それが全く普通になってしまうから、

かろうじてまともな精神状態を保つだけで、

よく頑張ったと思ってもいいだろうか。

 

接着不可能で「断端形成手術」だった場合…

本体の切断面だけ縫い合わせる手術に切り替わる。

「指の山田さん」は、

山田さんを残して孤独に死んでゆく。

それが私にはたまらなくせつなかった。

だから何がなんでも再接着の成功を祈った。

 

そう。私は何にでも話しかけるのだ。

それが切断された指であろうとも。

そこに生命があり、細胞がうごめき、

目に見えない微生物の集合体が生きている。

血流が一時的に途絶えたとしても、

再接着するぐらいなのだから、

細胞は生き続けている。

そこに敬意を表するのは当然であり、

「指の山田さん」とのことを、

こうして私は、今も忘れない。

エピローグ

ちなみに主人公である「指の山田さん」は、

無事再接着手術に成功して

山田さんの元へと帰られました。

人体は神秘です。生命は宇宙です。

細胞全てに記憶があるとするならば、

それはファンタジーであろうとなんだろうと、

わたしにとってはちょっと嬉しいことなのです。

「指の山田さん」がわたしのことを

忘れていないかもしれない可能性が出てくるから。

マニアック過ぎだと自分でも思うし、

ちょっと苦手な方には迷惑な物語だったと思いますが、

これからの展開に関連した記憶だったため、

自由に書かせて頂きました。

お付き合い頂きありがとうございます。

雪の被害が心配ですが、

どうぞみなさまお気をつけて。

では、また!